はしがき
本書は、著者が東北大学大学院国際文化研究科に提出した博士学位論文「依頼談話に関する日中対照研究―談話参与者の相互行為を中心に―」をもとにまとめられたものです。著者の大学院時代の指導教員として、今回の刊行を大変喜ばしく思っています。
著者の趙宏杰さんは2006年4月に大学院修士課程に入学して以来、依頼の談話の日中対照を課題として意欲的に研究に取り組み、研鑽を積んできました。特に、研究目的を達するための最善の研究方法を常に模索しながら粘り強く自らの研究課題を追究してきた点は、研究者としての志の高さを感じさせるところです。
博士課程に入ってからは、家庭の事情等で休学せざるをえなかった時期もありましたが、周囲の励ましを受けながら、最後まで諦めずに努力を重ねて博士論文を書き上げ、2015年3月に学位を授与されました。趙さんの依頼談話研究では、依頼される側が調査であることを知らずに談話に参与するという調査手法を通じて生の会話に近い大量のデータを収集し、その全体および各部分の構造、参与者の談話への関わり方、発話機能など多角的な視点から精緻な分析をほどこし、新規性に富む研究結果を導き出しています。この研究成果は、とりわけ「談話参与者の相互行為」を明らかにしている点で、依頼談話研究のみならず談話研究の新しい方向を示すものとして、審査委員全員の極めて高い評価を得ました。また、指導教員としては、論文提出直前の超人的とも言える頑張りに接して、趙さんの物事をやり遂げようとする強固な意志と抜群の集中力を印象づけられました。
本書は、言語学の専門書ではありますが、社会言語学、対照言語学の研究者にとどまらず、中国と日本の社会におけるコミュニケーションのあり方、ひいては中国人と日本人のものの見方や考え方の異同に関心がある多くの方々にお勧めしたいと思います。本書における依頼談話の分析を通じて、中国と日本の「序列意識」の違いや、中国における「面子」の重要性をあらためて感じとっていただくことができると思います。
著者の研究成果がこのような形で結実し世に広まることに心から祝福の意を表し、今後の著者の研究者·教育者としてのいっそうの活躍を期待して、小文の結びとさせていただきます。
2016年11月
東北大学大学院国際文化研究科 教授
佐藤 勢紀子